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【手技道コラムNo.168】あなたなら渡りますか?渡りませんか?

2017.7.3

こんにちは、手技道の多治見です。

 

さて、今回はちょっと番外編的な特殊なお話です。

手技道の理論そのものではなく、私の考察が主です。

 

形としては、心理テストに近いかも知れません。

 

なので、そもそも、この題目には「正解」と言うものはありません。

手技道を通して学んだこと、それによって社会や物事をどう見るかということで、私が患者さんに出題したお話を少しさせて頂きたいと思います。

 

◯【問題】あなたなら渡りますか?渡りませんか?

 

さて、貴方の目の前には一直線の道路があります。

 

左右を見ても1km先まで車は走っていません。

 

貴方の目の前には信号と横断歩道があります。

 

信号は車道側が青、横断歩道は赤です。

 

さて、貴方なら渡りますか?渡りませんか?

 

◯渡ると答えたあなたへ

渡ると答えたお答えしたあなた。

 

では、あなたが自分の子供と一緒に居たら、渡りますか?渡りませんか?

それが自分の子供だから?別の子だったら、渡りますか?渡りませんか?

 

◯渡らないと答えたあなたへ

渡らないとお答えしたあなた。

 

では、1時間待っても横断歩道は変わりません。

それでも渡りますか?渡りませんか?

 

「いやいや、1時間も待つ方がおかしいでしょう」と思ったかたへ。

では、何分なら待ちますか?

何故一度待ったから渡りますか?

 

◯あなたの価値観

さて、もうお気づきかも知れませんが、この質問は答えていただくと、

そこに次の条件が付加されていきます。

同時に、「何故そうするのか?」を突き詰めていきます。

この問題は答えの中に、その人の価値観を探っていく為のものです。

心理テストに近いと言った所以です。

 

最初の条件付けのない質問の例で、渡ると答えた人も、次に子供と一緒だと渡らないと答えを変えることがあります。

この中には、子供の教育に悪いと考える方や、単純に人の目が気になる方などがいます。

更に子供への影響を考える方は、「~~して渡る」と条件を付ける場合があります。

これは悪いことではなく、自分がその状況だったら何故そう考え、どう対応するかが分かるからです。

ある人は、横断歩道がないところに行ってから渡ると答えました。

別の方は子供に何故渡るのか、どういった意図があって渡るのか話してから渡るとしました。

 

渡るも、渡らないも、どちらが正しい答えかというわけではありません。

ただし、例えば極論すると、

「Q.子供と一緒に渡りますか?」

YES⇒子供はルールを破って良いことを覚え、子供は将来、強盗殺人を犯すようになりました。

NO⇒人の作ったルールに縛られて何も考えられなくなった子供は、人に騙されて辛い人生を送ることになりました。

 

こういった未来の可能性が0だとは決して言えません。

「そんな極論は横暴だ」と思う方もいるかも知れませんが、

そういった事態を防ぐためにも、前述のように、どう対応するかを考え行うことが、

教育にも自分の生き方にも反映されることになります。

 

◯問題の紐解き

この{信号と横断歩道}は「社会のルール」を意味したものです。

 

そもそも信号機と横断歩道とは何のためにあるのでしょう?

 

性善説的な方は、人の安全のためとお答えしました。

これは歩行者視点ですね。

 

逆に人が急に飛び出さないため、という可能性もあります。

こちらは車側からの視点。

 

更に社会の裏側を知った方は、政治家が交通量をコントロールすることや、治安の良さをアピールするためという方もいるかもしれません。

かなり穿っていますね。

 

価値観も、視点の違いや、物事を知るか知らないかでも、全く変わります。

 

上記も、それぞれが正解でも間違いという訳ではなく、一側面を表しているに過ぎません。

 

横断歩道とは危険な場所から歩行者を守るためとされていますが、

そもそもそれだけ車が致死を招く危険なものでもあり、

危ない走り方をしている人もいるということです。

 

信号機は確かに「人が設定したルール」です。

特に法律に見られるルールには、本当に他者のためや、秩序を守るために作ったものと同時に、為政者が統治を行いやすくするために作ったものまで、様々なものがあります。

 

社会や学校や会社など、集団のコミュニティーがある場所には必ず一定のルールが必要です。

ルールを守らない人は他者の迷惑を顧みず、迷惑をかける行動をする場合や、ひどいと犯罪をしてしまうケースもあります。

その為にも「守るべきルール」というのが存在します。

しかし、単に設定されたルールに盲目的に従ってしまうと、

ただただ機械的に働くロボットのような生活をしたり、快楽を消費するだけの動物的な生活をしたり、人に騙される人生になる可能性もあります。

 

「何故そのルールがあるのか?」という本質を考えないままでは、

他者の価値観もわからず、意味のないことや知らないうちに悪事に加担させられてしまうこともある可能性もあります。

何より、既存のもの以上のものを生み出す創造性を養うことはできなくなります。

 

手技道は現代では、新たな治療法です。

価値観や考え方にも、これまで有ったことが真実なのか探求することも含まれています。

特にこういった考え方には、単に知識としてだけ知っていることや、一時の思いつきではなく、実践を通して、結果を出し、それを分析して、そこに理論を見出し、さらに検証を重ねるという、実体験をもって身につけていくものです。

これは私達の施術だけにいえることではなく、先の問題の「人が自分で考え、自分で生きる道を決めていく」という点で、目指すべき場所としては、同じところを見据えています。

 

先日、院長が私たちスタッフにも、お弁当箱の中身を考えることをしても、お弁当箱そのものを工夫する頭が無いのは問題という話がありました。

まだまだ私達も人の作ったルールに縛られる=発想の転換がないことが、修行の大きな課題です。

意外と人は自分を知っているようで知らないことが沢山あります。

この問題は例えであり、そこから生まれる条件や過程は無数にあります。

一人一人条件も対応も、すべて変わります。

「自分で考える」を行うのに、何故?どうして?と自問自答、つまり内観をすることで、自分がどういった価値観を持っているのか、「自分を知る」事も考えることを、より促してくれると思います。

 

さて、最後に最初の問題でお答えしていなかった例を紹介。

【渡る】

・自己責任だから問答無用で渡る⇒時速250kmで疾走してきたスポーツカーに一瞬でひかれる可能性も有り、それで轢かれてもルールを守らなかった貴方が悪いのだから文句は言えない(但しこう言うと時速250kmが速度規制違反だと言ってくる方が居るかもしれません。しかし、それも速度規制の設定などしていませんので、こういう方は自分がルールを破ってもいいが、人に言いくるめられることを嫌ったり、他者の粗探しをしたりと、傲慢な性格が見えてきます)といった場合もあります。

【渡らない】

・1時間は待てないけど3分待って変わらなかったら壊れているから渡る⇒社会にルールは守るが自分の知っている常識に縛られているという可能性もあるわけです。

 

 

皆さんはどんな自分を知ることが出来ますか?

日々考え生きていらっしゃいますか?

自分の生き方をされていたら幸いです。

 

 

担当:多治見誠