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【手技道コラムNo.25】~命について~

2014.9.6

12こんにちは、手技道バイオバランスセンターの門田です。

今週は遅い夏休みをありがたくいただきまして、実家の高知県馬路村に帰っておりました。

実家の高知は8月雨がすごくてどんなものかと思っていましたが、意外と大丈夫そうでした。ただ、川の水位がかなり上がっており一番ひどかった時は氾濫寸前だったそうです。

広島のニュースをみてもそうですが、やはり自然の恐ろしさを再確認しました。

 

そんな今回の帰省の中で僕が感じた命についてということでコラムを書かせて頂きたいと思います。

今回僕が帰省したのと同時期に僕の従妹の姉妹が子供を連れて帰ってきていたので、出産祝いがてら顔を見にいってきました。一人はもう八ヶ月でかなり大きくなっており、もう一人は生後二ヶ月ほどでした、特に生後二ヶ月の子供の方は予定日よりも大分早く生まれた為に、心配していましたが母子共に健康そうで一安心でした。下が八ヶ月の子の写真です。

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八ヶ月の子供の方が右の股関節が硬いと言われたらしく、その施術もやらせてもらったり、とてもほのぼのとして素敵な時間を過ごさせてもらったのですが、そんな中生後二ヶ月の赤ちゃんを幸運にも抱かせてもらう事が出来ました。

 

重い。

 

まず感じた感想がそれでした。

 

体重がとか、そういう事ではなく、全身で生きようとしている事が伝わってくる、そんな重さでした。
出産時に胎盤剥離をお母さんが起こして、危険な状態だったという事を聞いていたから余計そう感じたのかもしれません。

手足をバタバタさせて、何かを伝えるために泣いて、精一杯努力して生きようとしている、思わず「頑張れ」と心の中で語りかけてしまいました。

 

手技道でも「生命(せいめい)」と「生命(いのち)」は違うと、まず最初に学びます。
「せいめい」には限りがないけど、「いのち」には限りがある。「限りあるいのち」とは言いますが、「限りあるせいめい」とは言いませんよね。「いのち」には限りがある、だから皆頑張って生きようとするのだと思います。

手技道には様々な方がいらっしゃいます。中には本当に難病で、後どのくらい生きられるか分からない、そんな方もいらっしゃいます。自分達が出来る事は、その人が自分で治す事をお手伝いする事しか出来ません。ですが、「いのちには限りがある」、当たり前のようですが、その事が分かっていないと本当の治療にならないと思います。院長も勉強会があると何度も事あるごとに言っています。それがやはり基本なんだと思います。

 

こんな人生の半分も生きていない若僧が何を知ったような事を書いているんだと御気分を悪くされた方もいらっしゃるかもしれません。申し訳ありません。

ただ、今回運よく新しいいのちが成長する時に出会えて、また手技道の中でも赤ちゃんやお子さんがいらっしゃる事が増えて、今一度「いのち」って何だろうと自分の中で考えた事が今回のコラムになっています。

上手く言葉に出来ず、思っている事の半分ぐらいしか文章に出来ず、自分の文才のなさを反省するのですが、少しでも伝われば幸いです。

 

「いのちを頂く」という言葉がありますが、ご飯を食べる時に手を合わせて「いただきます」という事が少なくなってきているそうです。私達は好む好まざるに関わらず、何かのいのちを頂きながら、生きています。その事に対してやはり感謝する事は一番重要なのではないかなと思います。昔の人はそれに対しての感謝の意思を「いただきます」という言葉に込めたのでしょう。そういう事は絶対に廃れてはいけないと思いますし、次の世代に伝えていかなければならない事だと思います。

 

ではまた。